大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5377号 判決

原告 権正永吉

右訴訟代理人弁護士 佐々木正義

右訴訟復代理人弁護士 坂本政三

被告 巫開堯

被告 有限会社 エルデアーティス

右代表者取締役 木倉博恭

右被告有限会社エルデアーティス訴訟代理人弁護士 竹内三郎

被告 永井愛五郎

主文

原告に対して、被告有限会社エルデアーティスは、別紙登記目録(一)(5)記載の登記の、被告永井愛五郎は、別紙登記目録(一)(6)、(二)(5)各記載の登記の抹消手続をせよ。

原告の被告巫開堯に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告有限会社エルデアーティス、被告永井愛五郎との間において生じたものは、同被告らの負担とし、原告と被告巫開堯との間において生じたものは、原告の負担とする。

事実

第一求める裁判

(原告)

「被告巫開堯は、原告に対して、別紙登記目録(一)(1)ないし(4)、(二)(1)ないし(4)、(三)(1)、(2)各記載の登記の抹消登記手続をし、かつ東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地 家屋番号 同町一七番地の二 一、木造瓦葺平家建工場一棟 床面積一六〇・三三平方メートル(四八坪五合)(現実には、約二三一・四〇平方メートル=約七〇坪)のうち、区画整理により移築された別紙図面(一)表示のイロハニイの各点を順次結んだ直線内の部分所在の床面積約一八一・八一平方メートル(約五五坪)の建物および同じく別紙図面(二)表示のイロハニイの各点を順次結んだ直線内の部分所在の床面積約四二・九七平方メートル(約一三坪)の建物を明渡せ。

被告有限会社エルデアーティスは、原告に対して、別紙登記目録(一)(5)記載の登記の抹消登記手続をせよ。

被告永井愛五郎は、原告に対して、別紙登記目録(一)(6)、(二)(5)各記載の登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。」

との判決。

(被告巫)

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二請求原因

一  訴外曙木工業株式会社(以下曙木工という。)は、昭和二一年頃、東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地に木造建物一棟(以下甲建物という。)を建築し、これを所有した。当時の甲建物の構造は、別紙図面(三)表示のとおりであって、同図面表示のA(二六・四四平方メートル=八坪)、C(五二・八九平方メートル=一六坪)、D(四六・二八平方メートル=一六坪)、E(四・九五平方メートル=一坪五合)、F(二四・七九平方メートル=七坪五合)の各部分には、屋根がなく、曙木工は、屋根つきのB部分(一六〇・三三平方メートル=四八坪五合)およびF部分を作業場として使用していた。

二  曙木工が法人税を滞納したので、墨田税務署長は、昭和二六年九月二九日、当時未登記の甲建物を、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地所在

家屋番号 同町一七番の二

として、曙木工のため保存登記を嘱託したうえ、差押え、さらに公売を行い、昭和二八年一一月三〇日、訴外池田政勝がこれを競落し、同人は、昭和二九年頃、これを訴外湯沢てるに譲渡した。

三  訴外赤塚茂平は、昭和二六年末頃ないし昭和二九年頃、甲建物について、別紙図面(三)表示のA、C、F部分およびD部分のうちの六・六一平方メートル(二坪)についても屋根を設けて増築し、C部分のうちの一三・二二平方メートル(四坪)を、B部分にとりこんで、この部分とC部分との間に境をし、D部分のうちの三九・六六平方メートル(一二坪)を取りこわして、別紙図面(四)表示の構造にしたうえ、昭和三一年頃、C部分三九・六六平方メートル(一二坪)を取り払って、別紙図面(五)表示の構造にしたので、甲建物の床面積は、二二九・七五平方メートル(六九・五坪)となったが、A、E、Fの各部分は、いずれも、構造上も効用上も、B部分と不可分一体であり、附合により、B部分の所有者の所有に帰した。

四  湯沢は、昭和二九年頃、訴外薔薇興業株式会社(以下バラ興業という。)に対して、前記家屋番号一七番の二の建物として甲建物を売渡した。

五  原告は、昭和三三年頃、バラ興業に対して、三、四回に分けて、合計金二二一万円を貸付け、バラ興業は、昭和三四年八月一日、原告に対して、右貸金の弁済期を同月末日とし、右貸金債務の担保のために、前記家屋番号一七番の二たる甲建物を譲渡する旨を約したが、弁済期を徒過したので、原告が、同建物の所有権を取得した。

六  甲建物は、昭和三四年一二月、区画整理の換地処分により移転され、床面積約一八一・八一平方メートル(約五五坪)の建物(以下乙建物という。)と、同じく約四二・九七平方メートル(約一三坪)の建物(以下丙建物という。)に分築された。

七  乙および丙建物について、被告巫は、別紙登記目録(一)(1)ないし(4)、(二)(1)ないし(4)、(三)(1)、(2)各記載の登記をなすとともにこれを占有し、被告有限会社エルデアーティスは、別紙登記目録(一)(5)記載の登記をなし、被告永井は、別紙登記目録(一)(6)、(二)(5)各記載の登記をなしている。

八  よって、原告は、乙および丙建物の所有権に基づいて、被告らに対して、右各登記の抹消登記手続を求め、かつ被告巫に対して、同建物の明渡しを求める。

第二請求原因に対する答弁

(被告巫)

一  請求原因第一項の事実のうち、甲建物の建築主が曙木工であることは否認し、その余は不知。

曙木工の代表者である訴外赤塚茂平は、昭和二一年三月、原告のいわゆる甲建物実は工場兼居宅一棟、床面積二五一・二三平方メートル(七六坪)を建て所有していた。そして、赤塚は、この建物を二つの建物として、それぞれ、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟建坪七六坪の内東側所在

家屋番号 同町一七番の五

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟

建坪 六二坪

および、

同所同番地木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟建坪七六坪の内西側所在

家屋番号 同町一七番の七

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟

建坪 一四坪

に対する保存登記を経由していた。

被告巫は、昭和二九年一二月二五日、赤塚に対して、金七〇万円を貸付け、右家屋番号一七番の五および同一七番の七の建物について、別紙登記目録(一)(1)、(3)、(4)記載の登記に表示の停止条件付代物弁済契約等を結び、昭和三〇年七月一五日、さらに、同人に対して、金三〇万円を貸付け、赤塚が甲建物に増築し、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地所在

家屋番号 同町一七番の六

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建工場一棟

建坪 七坪五合

として保存登記を経由した建物について、別紙登記目録(二)(1)、(3)、(4)記載の登記に表示の停止条件付代物弁済契約等を結んだが、赤塚が、右貸金の弁済をしなかったので、被告巫は、貸金の弁済にかえて、前記家屋番号一七番の五、同一七番の六の登記に対応する建物の所有権を取得し、別紙登記目録(一)(2)、(二)(2)各記載の登記をなした。

二  同第二項の事実のうち、墨田税務署長が、原告主張の日、原告主張の如き差押をなしたことは認めるが、その余は不知。

墨田税務署長は、甲建物が曙木工の所有であると誤認して差押えたものであり、右差押は所有者を誤認し、かつ建物の構造、床面積等も異るから、無効である。

三  同第三項の事実のうち、赤塚が、原告主張の如く、C、D、F部分を増築し、D部分のうちの三九・六六平方メートル(一二坪)を取りこわしたことは認めるが、その余は否認する。

C部分は、前記家屋番号一七番の七の建物に該当するところ、同建物は、赤塚が、昭和三〇年九月二七日、訴外高岡松樹に売却した。

四  同第四項の事実は不知。

五  同第五項の事実は否認する。

六  同第六項の事実は否認する。

前記家屋番号一七番の五および同一七番の七に該当する建物は、原告主張の換地処分の際、全部とりこわされ、東京都第五区画整理事務所の移転工事直接施行により、従前の地番に、床面積四〇・四九平方メートル(一二坪二合五勺)の建物(原告主張の丙建物に該る。)がつくられ、換地になった東京都墨田区押上一丁目三二番地一二号(表示変更前 同区吾嬬町西一丁目一八番地)に、床面積約一八一・八一平方メートル(五五坪)の建物(原告主張の乙建物に該る。)が建築され、バラ興業および被告巫の両者が引渡しを受けた。のちに、被告巫は、乙建物について、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目(のちに、同区押上一丁目と変更。)一八番地五、一八番地、一八番地七所在

家屋番号 同町一八番五の一

一、木造亜鉛スレート葺二階建工場居宅一棟

床面積 一階五四坪六合

二階 七坪五合

として、保存登記を経た。

七 同第七項の事実のうち、被告巫が乙建物について、原告主張の(三)(1)、(2)の各登記名義を有し、かつ乙および丙建物を占有をしていることは認める。

第四抗弁

(被告巫)

仮りに、原告が、バラ興業から、甲建物の所有権を取得したとしても、被告巫は、甲建物について前記家屋番号一七番の五、面一七番の六として前述のように登記簿上の所有名義を有していたところ、被告巫を申立人、バラ興業を相手方とする調停事件(東京簡易裁判所昭和三五年(ユ)第三一六号家屋明渡等調停事件)において、昭和三六年七月二一日、「バラ興業が被告巫に対して、乙および丙建物を明渡し、甲建物に関し、家屋番号一七番の二の建物としてバラ興業が有する所有権登記が無効であることを確認する。」旨の調停が成立した際、バラ興業の代表取締役榊有は、甲、乙および丙建物を被告巫に譲渡する旨を約した。よって、被告巫は、登記の欠缺を主張しうる正当な第三者の地位にあるところ、原告は、乙および丙建物について、所有権取得登記手続を経由していないから、原告は、被告巫に対して、乙および丙建物の所有権取得を対抗しえない。

第五抗弁に対する答弁

抗弁事実のうち、被告巫が、同被告主張の登記をしたことおよび同被告主張の日、同被告とバラ興業との間で、同被告主張の調停が成立したことは認めるが、その余は否認する。

原告は、甲建物について、前記家屋番号一七番の二として、昭和三四年八月一七日、所有権移転請求権保全仮登記をなし、昭和三八年二月一三日、所有権移転登記をなしたのであるから、甲、乙および丙各建物の所有権取得を被告巫に対抗しうる。

第六証拠関係≪省略≫

理由

(原告の被告巫に対する請求)

一  墨田税務署長が、昭和二六年九月二七日、甲建物を差押えたこと、赤塚茂平が、原告主張の如く、別紙図面(三)表示のC、D、F部分を増築し、D部分のうちの三九・六六平方メートル(一二坪)を取りこわしたこと、被告巫が、乙建物について、原告主張の別紙登記目録(三)(1)、(2)各記載の登記をなしていることおよび同被告が、乙および丙建物を占有していることは、いずれも原告と被告巫との間において争いがない。

右争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認められる。

1  甲建物は、昭和二一年頃、建築されたが、当時の同建物の構造は、別紙図面(三)表示のとおりであって、同図面表示のB部分(一六〇・三三平方メートル=四八坪五合)には、屋根があったが、A(二六・四四平方メートル=八坪)、C(五二・八九平方メートル=一六坪)、D(四六・二八平方メートル=一四坪)、E(四・九五平方メートル=一坪五合)、F(二四・七九平方メートル=七坪五合)の各部分には、屋根がなかった(なお、甲建物を建築したものが、曙木工であるか、また、訴外赤塚茂平であるかについては、第二項1で後述する。)。

2  曙木工が法人税を滞納したので、墨田税務署長は、昭和二六年九月二七日、当時未登記の甲建物を差押え、同月二九日、同建物を、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地所在

家屋番号 同町一七番の二

として、曙木工のため保存登記を嘱託した。

右同日、甲建物について、曙木工のための保存登記と大蔵省のための差押登記がなされたが、その際、屋根のあったB部分の建坪一六〇・三三平方メートル(四八坪五合)が、甲建物の建坪として、表題部に登記された。

3  甲建物の公売の結果、池田政勝が、昭和二八年一一月三〇日、同建物を競落して、同年一二月二日、所有権移転登記を経由した。池田は、昭和二九年頃、同建物を湯沢てるに売却し、湯沢は、同年五月九日頃、これをバラ興業に対して売却し、バラ興業は、同年一二月二二日、中間省略登記により、池田から所有権移転登記を受けた。

4  赤塚茂平は、昭和二九年頃、甲建物について、別紙図面(三)表示のA、C、F部分およびD部分のうちの六・六一平方メートル(二坪)についても屋根を設けて増築し、C部分のうちの一三・二二平方メートル(四坪)をB部分にとりこんで、この部分とその余のC部分との間に境をして、D部分のうちの三九・六六平方メートル(一二坪)を取りこわして、別紙図面(四)表示の構造にしたうえ、昭和三一年頃、C部分三九・六六平方メートル(一二坪)を取り払って別紙図面(五)表示の構造にした。

5  湯沢てるは、昭和二九年、墨田簡易裁判所に、曙木工を相手方として和解を申立て(昭和二九年(イ)第七七号 建物明渡等和解事件)、昭和二九年七月二八日、両者間で、「湯沢は、その所有にかかる甲建物および機械器具を、賃料一か月金六万円の割合いで、曙木工に賃貸する。湯沢は、右各物件を、代金合計金一五五万五、四〇〇円、代金支払方法は昭和二九年一二月から昭和三一年二月までの間の分割払いとするとの約定のもとに、曙木工に売却する旨の予約をする。湯沢は、曙木工が、右各物件の賃料または売買代金の支払いを二回にわたって遅滞したときは、右の賃貸借契約および売買予約を解除することができる。」旨の和解が成立したが、曙木工は、右各物件の賃料三か月分を遅滞したので、湯沢は、同年九月八日頃、曙木工に到達した内容証明郵便をもって、右延滞賃料の催告および三日以内に支払いがないことを条件とする解除の意思表示をした。しかるに、曙木工は、湯沢に対して、右延滞賃料の支払いをしなかったので、右の賃貸借契約および売買予約は、同年九月一一日頃、解除された。

6  赤塚茂平は、甲建物を二つの建物として、昭和二九年一二月六日

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地所在

家屋番号 同町一七番の五

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟

建坪 七六坪

および、昭和三〇年七月一八日

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地所在

家屋番号 同町一七番の六

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建工場一棟

建坪 七坪五合

として、保存登記を経由し、ついで、昭和三〇年九月二七日、右家屋番号一七番の五の建物を区分して、

東京都墨田区吾嬬町西一丁目一七番地木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟建坪七六坪の内東側所在

家屋番号 同町一七番の五

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟

建坪 六二坪

および、

同所同番地木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟建坪七六坪の内西側所在家屋番号 同町一七番の七

一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼工場一棟

建坪 一四坪

として、それぞれ変更登記を経由した。

7 被告巫は、昭和二九年一二月二五日、曙木工および赤塚茂平を連帯債務者として、弁済期を昭和三〇年三月二四日とする旨約し、金七〇万円を貸付け、赤塚との間に、前記家屋番号一七番の五および同一七番の七の建物について、別紙登記目録(一)(1)、(3)、(4)記載の登記に表示の停止条件付代物弁済契約等を結んで、同日、右各登記を経由し、さらに、昭和三〇年七月一五日、曙木工および赤塚を連帯債務者として、弁済期を同年八月一五日とする旨約し、金三〇万円を貸付け、赤塚との間に、前記家屋番号一七番の六の建物について、別紙登記目録(二)(1)、(3)、(4)記載の登記に表示の停止条件付代物弁済契約等を結んで、同月一八日、右各登記を経由したが、曙木工および赤塚が、右貸金をいずれも弁済しなかったので、同年一二月二七日、右家屋番号一七番の五、同一七番の六の建物について、別紙登記目録(一)(2)、(二)(2)記載の所有権移転登記を了した。

8 原告は、昭和三三年頃、バラ興業に対して、数回に分けて、合計金一五〇万円ぐらいを貸付け、昭和三四年八月一日頃、バラ興業との間で、前記家屋番号一七番の二の建物について、停止条件付代物弁済契約を結び、バラ興業代表取締役榊有から、右建物の所有権移転登記手続に必要な権利証、委任状、印鑑証明を受取り、同月一七日、右建物について所有権移転請求権保全仮登記を経由した。バラ興業は、原告に対して、右借受金を返済できなかった。原告は、右建物の転売の機会をうかがっているうちに、榊から受取った右印鑑証明の有効期間が経過してしまったので、バラ興業に対して、右建物の所有権移転登記手続を求める訴を提起し、昭和三八年二月一三日、右訴訟の勝訴判決に基づいて、昭和三四年一一月一日付売買を原因として、右建物の所有権移転登記を経由した。

9 東京都市計画第二五地区復興土地区画整理事業施行者東京都知事東竜太郎は、昭和三三年一二月五日、東京都墨田区吾嬬町西一丁目の一部について仮換地指定をし、昭和三四年二月一〇日、指定の効力が発生した。甲建物は、右土地区画整理事業施行に伴い移転されることになったが、東京都第五区画整理事務所は、前記家屋番号一七番の二の建物については、登記簿、建物坪数、所有権者等不明とし、前記家屋番号一七番の五の建物については、昭和三四年五月二六日に建物所有者申告をした被告巫およびバラ興業の両者を共に所有権者として取り扱ったうえ、(前記家屋番号一七番の七の建物については、本件全証拠によるも明らかでない。)直接施行により、いったん、甲建物をすべて取りこわし解体して、その材料をもって、乙および丙建物に分築し、昭和三四年一二月六日、工事を終了した。

10 被告巫は、昭和三五年、バラ興業を相手方として、調停を申立て(東京簡易裁判所昭和三五年(ユ)第三一六号 家屋明渡等調停事件)たところ、昭和三六年七月二一日、右両当事者、安田省三、鹿野としをとの間において、「バラ興業は、被告巫および安田に対して、乙および丙建物並びにそれらの敷地を現状のまま明渡すこと。被告巫および安田は、和解金一五〇万円をバラ興業および鹿野としをに支払い、安田は、和解金一五〇万円を鹿野としをに支払うこと。バラ興業は、被告巫および安田に対して、前記家屋番号一七番の二の建物の所有権登記が無効であることを確認する。」旨の調停が成立し、被告巫および安田は、右同日、バラ興業および鹿野としをに対して、金一五〇万円を支払い、安田は、同年八月二四日、金一五〇万円を鹿野としをに支払った。

被告巫は、昭和三七年頃までに、乙建物を整理し、昭和三九年六月二四日、同建物について、

東京都墨田区押上一丁目(変更前東京都墨田区吾嬬町西一丁目)一八番地五、一八番地、一八番地七所在

家屋番号 同町一八番五の一

一、木造亜鉛スレート葺二階建工場居宅一棟

床面積 一階 五四坪六合

二階 七坪五合

として、別紙登記目録(三)(1)記載の所有権保存登記を経由した。

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二1  曙木工の法人税滞納により、墨田税務署長が、昭和二六年九月二七日、甲建物を差押え、同月二九日、同建物を前記家屋番号一七番の二の建物として、曙木工のための保存登記を嘱託し、同日、右保存登記がなされたところ、赤塚茂平は、右差押および右保存登記について、何らの異議をも申立てることなく、昭和二九年一二月六日になって、自から、甲建物を前記家屋番号一七番の五の建物として保存登記手続をするまで放置しておいたことおよび昭和二九年七月二八日、湯沢てると曙木工との間で、「湯沢は、その所有にかかる甲建物を曙木工に賃貸し、これを売却する旨の予約をする。」との趣旨の訴訟上の和解が成立したことは、いずれも前記認定のとおりである。そして、≪証拠省略≫によれば、赤塚茂平は、曙木工が昭和二一年一〇月二八日に設立されて以来、同社の代表取締役であったことが認められ、右認定に反する証拠はないから、赤塚は、右の、墨田税務署長がした差押、曙木工のための保存登記の嘱託および湯沢と曙木工との間に成立した訴訟上の和解の内容について了知していたものと認めるべきである。さらに、≪証拠省略≫によれば、曙木工は、甲建物に、「曙木工所」あるいは「曙木工業株式会社」という看板を掲げて、同建物を同社の木材加工の工場として使用していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右各事実からして、甲建物を建築して、当初これを所有したのは、曙木工であって、赤塚茂平ではないと認めることができる。

≪証拠省略≫によれば、曙木工の資本金は、わずか金一九万五千円であることが認められ、証人小宮みねの証言によれば、甲建物の敷地は、小宮市太郎が、昭和二一年末頃、赤塚に貸したものであることが認められ、≪証拠省略≫によれば、曙木工は、昭和二六年から昭和三一年頃まで、前記家屋番号一七番の二の建物について課税され、赤塚は、昭和二九年から昭和三〇年頃まで、前記家屋番号一七番の五の建物について、昭和三〇年頃、前記家屋番号一七番の六の建物について、それぞれ課税されていたことを認めることができるが、右の各事実をもってしても、甲建物を建築して、当初これを所有したのは曙木工であるとの前記認定を覆えすに足りず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

2  すでに認定した事実よりして、別紙図面(三)ないし(五)表示の甲建物の各部分は、いずれも、構造上も効用上も不可分一体であって附合により単一の所有権に服するものと認められるから、甲建物の所有権は、一体として、曙木工から池田政勝、湯沢てるを経由してバラ興業に移転したものである。

3  ところで、前記代物弁済の停止条件が、昭和三四年八月一七日以降昭和三八年二月一三日までの間に、成就したことは、前記認定事実より明らかであるが、それが、甲建物が取りこわされる以前であったか否かについては、本件全証拠によっても、明らかにすることはできない。

4  昭和三六年七月二一日、被告巫、バラ興業、安田省三、鹿野としをとの間において、「バラ興業は、被告巫および安田に対して、乙および丙建物を明渡して、前記家屋番号一七番の二の建物の所有権登記が無効であることを確認し、被告巫および安田は、バラ興業に対して、和解金三〇〇万円を支払う。」との趣旨の調停が成立したことは前記認定のとおりであり、右認定事実に、証人鎌田宇寿造の証言を加えると、バラ興業は、右調停が成立した際、乙および丙建物を被告巫、安田の両者に譲渡したものと認めるのを相当とし、これを覆えすに足りる証拠はない。

三1  土地区画整理事業施行による仮換地指定がなされ、従前の土地に存した建物を、仮換地上に移築する目的をもって取りこわし、いわゆる解体移転があった場合には、旧家屋に存した登記の効力は、消滅し、登記簿上は、旧家屋の滅失と新家屋の新築として取り扱わなければならないが、従前の建物の大部分を使って仮換地上に同一種類、構造の建物を築造し、外観および建坪においてそれほどの変動がないときは、特段の事情のないかぎり、旧家屋に存した権利関係は、そのまま移転家屋に移行するものと解する(大審院昭和七年五月一七日判決民集一一巻一〇号九七五頁、同昭和八年三月六日決定民集一二巻四号三三四頁の趣旨参照)。

なお、旧家屋に存した権利関係と登記の効力につき別異に解する所以は、すでに旧家屋について設定された権利関係の消長自体は、いわば対内的なものであって、建物の同一性をあまりに厳格に解釈する必要がないばかりか、相当でもないのに反し、登記は、不動産物件の権利関係を公示して第三者を保護しようというものであって、登記の効力は、いわば対外的な考慮に基づくものであるから、第三者に不測の損害を与えることのないように、建物の同一性を相当程度に厳格に解する必要があることによる。

2  区画整理が施行された結果、従前の土地にあった一棟の甲建物を、仮換地上に移築する目的で、区画整理事業施行者が、直接施行により、解体して、乙および丙建物の二棟の建物に分築したのであり、乙および丙建物が、甲建物の材料をもって築造されたものであることは前記認定事実のとおりであって、甲建物と乙および丙建物がいずれも当初より木造建物であることは前記認定事実および弁論の全趣旨から明らかである。

しかるに、前記認定事実に、≪証拠省略≫を加えると、解体時の甲建物の構造は、およそ別紙図面(五)表示のとおりであって、その建坪は、二三八・二九平方メートル(七二・〇八三坪)であったことが認められ、≪証拠省略≫によると、分築時の乙建物の建坪が、一四一・八八四二平方メートル(四二・九二坪)、丙建物の建坪が、四〇・四九五八平方メートル(一二・二五坪)であることが認められ、さらに≪証拠省略≫によると、甲建物と丙建物とは、約六〇メートルないし一〇〇メートルほど離れていることが認められ、それぞれ右認定に反する証拠はないところ、右認定以上の分築された当時の、乙および丙建物の種類、構造、外観および甲建物と乙建物との間の距離については、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、甲建物と乙および丙建物は、権利の客体として、なお同一性を有するものとは認めることはできない。

3  よって、前記代物弁済の停止条件成就が、甲建物の解体前であった場合は、同建物の材料によって築造された乙および丙建物の所有権は、原始的に、原告に帰属するから、バラ興業が、乙および丙建物を被告巫に譲渡しても、同被告は、右各建物の所有権を取得することはできない。しかしながら、前述したように、前記代物弁済の停止条件成就が、甲建物の解体前であったか否かについては、本件全証拠によっても明らかにすることができないのであるから、右のような認定をすることはできない。

4  前記代物弁済の停止条件成就が分築以後であった場合は、前記認定のとおり、甲建物は、とりこわしによって滅失し、建物として存在しないのであるから、原告の譲受けは、所詮、無効とするほかなく、これをもって、原告が、乙および丙建物を取得したといえないことは勿論である。

5  仮りに、甲建物と乙および丙建物が権利の客体として同一性を有するとしても、甲建物の登記として分築前に効力を有し、現在原告名義となっている家屋番号一七番の二の登記も、分築後はもはや乙および丙建物を公示する方法としては、著しく不適当でその効力なきものとするほかなく、昭和三六年七月二一日、バラ興業から、乙および丙建物を訴外安田省三と共に譲受けた被告巫は、原告に対して、登記の欠缺を主張しうる正当な第三者の地位にあるから(≪証拠省略≫をもってしても、被告巫が、いわゆる背信的悪意者に該当するなど、原告の登記の欠缺を主張しえない特段の事情があることを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)、やはり、原告は、被告巫に対して、登記を欠いているために、乙および丙建物の所有権取得を対抗できないのである(なお、前記代物弁済が、乙および丙建物についてなされていた場合は、甲建物と乙および丙建物が権利の客体として同一性を有するか否かにかかわらず、同一の結論が導かれる。)。

6  したがって、原告の被告巫に対する請求は、いずれも理由がない。

(原告の被告有限会社エルデアーティス、同永井愛五郎に対する請求)

被告有限会社エルデアーティスは、原告の請求原因事実を明らかに争わず、同永井愛五郎は、適式の呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないから、同被告らは、いずれも、請求原因事実を自白したものとみなされる。

右事実によれば、原告の同被告らに対する請求は正当である。

(結論)

よって、原告の請求のうち、被告巫開堯に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、被告有限会社エルデアーティス、同永井愛五郎に対する請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 菅野孝久 豊田健)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例